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定期連載 多思彩々

更新日:2014年10月9日

法廷での嘘をなくすために

 日本の法廷では嘘がはびこっている。はじめて民事裁判を経験した人は、しばしば「裁判官の前であんなにシャーシャーと嘘をついていいんですか」と驚く。刑事裁判でも、被告人が嘘をつくのは見慣れた風景である。否認していて有罪が確定した被告人は、冤罪でない限り、述べたことはほとんど嘘だということになる。
 アメリカの法廷でロッキード事件の贈賄者コーチャン社長らを尋問してもらった時の弁護士らの態度は、アメリカの弁護の典型的事例であった。彼らは、完全黙秘をさせたが、刑事免責されて黙秘権が消滅すると、コーチャンらが偽証罪に問われないように、真実をしゃべらせるのに力を傾注した。特に客観的事実については、思い違いで真実と異なることを言わないように、実に慎重にリードしていた。

黙秘権の解釈

 なぜ日米の法廷でこんなに差が出たのか。
 それは、日本が戦後アメリカから黙秘権を輸入した時、その解釈を誤ったからである。黙秘権は、黙っていてもよいという権利であって、嘘をついてもよいという権利ではない。アメリカの被告人は、しゃべるときには、嘘をつけば偽証罪の適用を受ける。日本の被告人は、嘘をついても偽証罪に問われないから、嘘をつくのがこわくない。
 日本の取調官は、法廷で嘘をつかれても有罪になるように、詳しい自白調書をつくろうとする。被告人が真犯人の場合は、詳しい自白調書は真犯人を逃さず罰するのに役立つからプラスであるが、詳しい自白調書を取らねばならないという義務感から、嘘の自白をさせたり、調書に虚偽を記載したりするのは、あってはならないマイナスである。
 そのマイナスをなくすため、限定的ではあるが、取り調べの録音録画をすることになった。これはマイナスをなくすが、その半面、真実の自白が得にくくなるというマイナスを生じる。インタビューのような取り調べでは、しぶとい真犯人は自白しない。
 このマイナスをなくすため、この度法務省の審議会は、特別なケースでは被疑者、被告人の黙秘権を消滅させる仕組みを提言した。一つは検察官と被疑者・被告人・弁護士で合意し、その黙秘権を行使せず、真実をしゃべる約束をする場合である。これは、収賄者を起訴し、有罪にするために贈賄者にしゃべらせるとか、銃や薬物の元締めを狙って下位の者にしゃべらせるなど、特定の組織犯罪に限定して認められる。しゃべった者は罪を軽くするなどの恩典が与えられるが、嘘をつけば5年以下の懲役に処せられる。
 もう一つは刑事免責で、これは、裁判所の決定で右に述べたような立場の被疑者に対し、罪に問わないことを約束して黙秘権を奪うものである。奪われるとその者は自分が贈賄した相手の収賄の状況や、銃・薬物の取り扱いを命じた親分のことをしゃべらなければならない。不出頭や証言拒否、偽証などは処罰されることになる。
 このように、大物の犯罪を明らかにするなど必要性が高い場合に限定されてはいるが、下位の犯罪者に対し、真実(事件の全貌)をしゃべらなければならない仕組みをつくることにしたのは一歩前進で、取り調べ中心、自白偏重の刑事司法を、アメリカなどの先進諸国に近づけるものと評価できる。

まだまだ課題

 しかし、まだまだである。
一つは、録音録画の導入だけでなく、弁護活動を強化し、任意性を疑われるような取り調べを絶対にしない文化・風習を確立する必要がある。アメリカのように取り調べ自体をしないところまで行く必要はないが、取り調べはインタビューに止めることである。
二つ目は、合意し、あるいは刑事免責を受けた被疑者・被告人の偽証を徹底的に摘発、訴追しなければならない。事実を歪めて相手に罪をなすりつけるようなことがあってはならない。アメリカは二つの矛盾する事実を証言した場合、どちらが真実か立証しなくても偽証罪に問えることとしている。そこまでしなくてもよいが、地検公判部に偽証摘発班をつくるくらいの意気込みがほしい。
三つ目には、その偽証の摘発体制を、民事事件を含む訴訟一般に広げてほしい。
法廷が嘘をつく場と化している現状は異常というほかない。

(信濃毎日新聞「多思彩々」2014.9.7掲載)

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2014年 4月12日 戦争を遠ざける道
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