政治・経済・社会
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定期連載 堀田力のひとりごと
更新日:2015年3月11日

 しいふれあい社会という理念は
 時代を拓く理念
 だから 心にひびき 多くの方々から支援を受けてきた
 いま
 この理念を一段と広める社会環境が実現しようとしている
 失敗をおそれず 敢然と挑戦し
 道を開いていってはじめて
 支援を受け続けることができる
 そういう人でなければ
 財団にいる資格はないだろう

(『さぁ、言おう』2015年3月号)

更新日:2015年2月12日

 の欲にとらわれて
 行った判断は
 人の心を打たず
 結局
 己にマイナスの事態をもたらす

(『さぁ、言おう』2015年2月号)

更新日:2015年1月15日
初春の俳句

 う時は 原点に戻って考える
 その結果 零からやり直すのが
 よいと判断した時は
 これまでの実績を捨てて 零に戻る
 それはおそろしいことであり
 大変な勇気が要る
 だから 祈る
 自分をみつめるために

(『さぁ、言おう』2015年1月号)

更新日:2014年12月11日

 むことなく働かせ
 生きる意欲すら奪い去る経営者は
 犯罪者に等しい
 働く意欲を維持するよう
 上手に休む人こそ
 最高の働き手である

(『さぁ、言おう』2014年12月号)

更新日:2014年11月10日

 葉が人に伝わるのは
 その言葉が、その人のこころの中から
 出ている時である

 覚えているだけの言葉や
 共感もせず読み上げるだけの言葉は
 伝わらない

(『さぁ、言おう』2014年11月号)

更新日:2014年10月13日

 場所を核に市民の福祉を切り開いてきた
 河田珪子さんのみんなへのメッセージは
 “断らない”。
 断らずにやってきたから、
 あれだけの道を開いた。
 その言葉に
 私はもう一つ、言葉を添えたい、
 “人のせいにしない”。

(『さぁ、言おう』2014年10月号)

更新日:2014年9月10日

 りたいことを
 夢中になってやる
 それが
 生きるものに与えられた
 最高の喜び
 その喜びを知らぬままに
 生命を閉じる人の あわれ

(『さぁ、言おう』2014年9月号)

更新日:2014年8月11日

 えりみれば
 精一杯やってきたという満足感はあるが
 懐かしいとか昔に戻りたいという
 気持ちはない
 これからも
 前を向いて生きていきたい

(『さぁ、言おう』2014年8月号)

更新日:2014年7月11日

 として生まれ
 人として生きていくのなら
 前を向いて 生きていきたい
 後を向いて 逃げる癖がついている人は
 誰からも 認められないだろう

(『さぁ、言おう』2014年7月号)

更新日:2014年6月10日

 り多くの人に幸せをもたらす道を
 信じて進もう
 結局、それが成功をもたらす道だから

  戦いにつながる道は 悪い道
  一部の人の利だけを追う道は 誤っている道

(『さぁ、言おう』2014年6月号)

更新日:2014年5月12日

 力で挑戦したけれども
 失敗した人には
 すがすがしい香気がある
 全力で挑戦せず
 失敗は人のせいのように装う人には
 にせ者の匂いがする

(『さぁ、言おう』2014年5月号)

更新日:2014年4月10日

 体の力はおとろえても
 心の力は失いたくない
 心の力を支えてくれるのは
 夢や希望や好奇心や楽しみなど
 自分の心を熱くしてくれる思いと
 人がくれる愛情の暖かさであろう
 そして
 心の力は、けっこう身体を元気にしてくれる

(『さぁ、言おう』2014年4月号)

更新日:2014年3月12日

 違ったことをしたら
 素直に謝る。
 それをしないと、
 間違いの悪い影響が
 どんどん拡大していく。

(『さぁ、言おう』2014年3月号)
更新日:2014年2月11日

  大抵(たいてい)の場合

人の性格を変えるよりは

その人といる環境を代えたほうが

早い

(『さぁ、言おう』2014年2月号)

更新日:2014年1月11日
初春の俳句

 賀の句にしては、身に染みる
 でも、
 忘れてはいけない
 忘れられない

(『さぁ、言おう』2014年1月号)

更新日:2013年12月11日

 「夢」とか
 「自己実現」とか
 「希望」とか
 そういう、先を見る姿勢を捨てて
 目先ばかり見ていて
 幸せになれるのでしょうか

(『さぁ、言おう』2013年12月号)
更新日:2013年11月11日

 震災で、妻や子をなくした方が
 元気で頑張っておられる姿を見ると
 心が
 ぐっと熱くなる

(『さぁ、言おう』2013年11月号)
更新日:2013年10月10日

 の時、やらなければならないと考え
 頑張ってやってきたことは
 決して無駄にはならない
 今はもうやる必要がなくなっても
 ずっとこやしになっているし
 新しく、その時を迎えると
 たちまち芽を吹き出す

(『さぁ、言おう』2013年10月号)
更新日:2013年9月10日

 つも頭の中で問題を考えている人は
 接する情報の中から解決に役立つものを
 選び出し、立体的に取り入れて
 考えを深める
 何も考えず、ただ情報に接する人は
 ただ平面的に受け流していくだけで
 考えは深まらない

(『さぁ、言おう』2013年9月号)
更新日:2013年8月9日

 気ある人は、他者のために自分がリスクを取る。
 臆病な人は、自分のために他者にリスクを取らせる。

(『さぁ、言おう』2013年8月号)
更新日:2013年7月10日

 っている人がいれば、何とかできないかと反応する感性を失わずにいたい
 壁にぶつかれば、何とか乗り越える方法はないかと考える姿勢を持ち続けたい
 できることは限られているにしても、はじめから無視したり逃げたりするのは、自分を辱めることだと思っている

(『さぁ、言おう』2013年7月号)
更新日:2013年6月12日

 ロトニンは、感動したり、おいしいものを食べたりすると、たっぷり分泌される。不安や緊張、イライラや不安感を鎮め、精神を安定させる。
 オキシトシンは、スキンシップをしたり、相手の身になって行動したりするときに出る物質で、人と人の絆を深める。感染症を予防したり、痛みを緩和したりして、生きる力を深めるともいわれている。

(鎌田實『がまんしなくていい』集英社新書より)

(『さぁ、言おう』2013年6月号)
更新日:2013年5月8日

 本がこけてしまうことを
 ぼつぼつ、本気で心配しなければならないようになってきた
 周りの人たちが次々に殺されるあの悲惨な戦争が終わって、まだ70年しかたたず
 戦争を知る人がまだまだ生きているというのに
 人間は、本当に賢い生物なのだろうか

(『さぁ、言おう』2013年5月号)

更新日:2013年4月10日

  まくやれるだろうかという
 不安が大きいと
 過度に緊張して、うまくいかない
 十分に準備して
 早くやりたいと思っていると
 適度に緊張して、うまくいく

(『さぁ、言おう』2013年4月号)

更新日:2013年3月13日

  中になってやっている間は、時を忘れる。
 しかし、
 時を忘れてやったことは、思い出になって長く残っている。

(『さぁ、言おう』2013年3月号)

更新日:2013年2月8日

  んなに暗い世の中でも
 希望は、必ず見付かる

 希望がなければ、何事もかなわない
 希望を持っていれば
 それがかなうこともある
 たとえ、かなわなくても
 希望を実現すべく努力している間は
 絶望しない

(『さぁ、言おう』2013年2月号)

更新日:2013年1月10日
初春の俳句

  災地の寒さは、とりわけ厳しい。
 身体の芯から震えてくる。

 私たちは、もう自然の力を十分に知りました。
 だから、どうぞ、少しでもおだやかな毎日にしてください。
 やわらかく微笑むような
 初日のぬくもりをお恵みください。
 せめて、被災地にだけでも…

(『さぁ、言おう』2013年1月号)

更新日:2012年12月10日
 分のためだけに動く人のエネルギーは、

 自分を含めた人々のために動く人のエネルギーに比べて、
 枯れやすい

(『さぁ、言おう』2012年12月号)

更新日:2012年11月10日
 あなたが、そのためにあなたの命を捨てられるものが、どれだけあるだろうか
 あなたの子どもの命
 尖閣列島
 日本人の誇り(優越感?)
 あなたの配偶者

 そういう問いを考えなくてもよい毎日にしたい

(『さぁ、言おう』2012年11月号)

更新日:2012年10月11日
 スクがあるというので引っ込んでいては、何も成就しない
 せっかくリスクを発見したのだから、
 問題が起きないようにする対策を考え、リスクを最小限にしたうえで、
 腹を決めて
 事に取りかかるべきである

(『さぁ、言おう』2012年10月号)

更新日:2012年9月12日
 を生むのは自分の成長意欲と人や社会への愛情、
 夢を実現するのはくじけず挑戦する精神とたゆまない根気であろう。

(『さぁ、言おう』2012年9月号)

更新日:2012年8月11日
 義を守る人か、しっかり責任を取る人か、そういった重要な資質は、平素の言動からは見分けにくいところがある。
 立派なことを言っている人であっても、そういう資質を欠く人がいる。
 騙されないようにしよう。

(『さぁ、言おう』2012年8月号)

更新日:2012年7月11日
 金の魔力はおそろしい。
 人間を根っこから変えてしまう。

(『さぁ、言おう』2012年7月号)

更新日:2012年6月14日
 近になって、遺伝子が解明されたことのすごさがわかってきた。
 それぞれの遺伝子の機能の研究が進むにつれ、驚くような生き物の秘密があばかれてくる。
 これからどれだけの新発見が続くか、胸がワクワクして、簡単に死ぬわけにはいかない気になってくる。

(『さぁ、言おう』2012年6月号)

更新日:2012年5月11日
 「もう絆は、いい」などと言い出している知識人たちに、
  どう説明すれば、絆の本質的な力の大きさをわかってもらえるだろうか
  それとも、それはいらぬお節介か

(『さぁ、言おう』2012年5月号)

更新日:2012年4月11日
 「善人なおもて往生す。いわんや悪人をや」。
 法然、親鸞が説いたこの悪人正機説は、いまもって解釈が難しいとされている。
 私は、ここでいう「悪人」とは、利己心の塊りのような人と解する。悪質な犯罪者はすべてそうである。
「善人」とは、利他心を併せ持つ人である。
「悪人も善人も、死への不安は、念仏(永遠の命への希望)によって救われる。そのほかに、善人は、この世における共生(ルビ・ともいき)(利他のもたらす心の充足・満足感)によっても救われている。しかし、悪人は、念仏以外に救われる道はない」。
 私は、悪人正機説を、そう解している。

(『さぁ、言おう』2012年4月号)

更新日:2012年3月8日
  い方を向いている人は
 明るい方を向いている人より命が短いという
 人生、暗いうえに命を縮めたのでは丸損ではないか

(『さぁ、言おう』2012年3月号)

更新日:2012年2月9日
  事がたまっている時は、気が進まない仕事から先に取り組むのがよい。
 やりやすい仕事を先にやっていると、それだけで仕事をしたような気になって、気の進まない仕事が時間切れでなおざりになったり、やらずにごまかしたりすることになる。

(『さぁ、言おう』2012年2月号)

更新日:2012年1月11日
初春の俳句

  然の威力は、もう十分知っている。
  だから、自然に祈る。
  どうぞ、安らかな年にして下さい。
  今年も、来年も、そして、ずっと、その先も。

(『さぁ、言おう』2012年1月号)

更新日:2011年12月9日
 門家は、その専門知識にとらわれて、新しい事態への対応策を誤ることがある。
  とらわれない眼と心で、眼の前の事象を素直に観察したい。

(『さぁ、言おう』2011年12月号)

更新日:2011年11月9日
 の幸せに役立つことを自分の第一の喜びとしているかどうか。
 政治家の器量も、社会のリーダーの器量も、すべてこの尺度で計って間違いない。

(『さぁ、言おう』2011年11月号)

更新日:2011年10月12日
 を地につけ、しっかり進む道を見すえていれば、行動を誤つことはない

 目先の出来事と周りの声にとらわれて、その時々の感情で行動していては、迷路に心まどうばかりである

(『さぁ、言おう』2011年10月号)

更新日:2011年9月8日
 んなにつらい時でも、人は前を向くことができる
 
 絆さえ信じることができれば

(『さぁ、言おう』2011年9月号)

更新日:2011年8月8日
 意の人々の不満につけ込んで組織を壊そうとする悪意の人がいたら
  不満は一挙に拡大する
  そういう時は、早急に不満の原因に真正面から向き合い、
   正すべきは正し、排すべきは排さなければならない

(『さぁ、言おう』2011年8月号)

更新日:2011年7月7日
 くことを避けていては、ろくな仕事はできない。
  責任が来ることを恐れていては、大きな仕事はできない。
  仕事のチャンスを逃していては、人間、成長しない。
  そして、成長しない人は、幸せをつかめない。

(『さぁ、言おう』2011年7月号)

更新日:2011年6月8日
 の心のぬくもりで傷ついた心はいやされる

人への共感があればぬくもりはいくらでも湧いて出て来る

傷ついて冷えた心に、ぬくもりを惜しみなく注ぎ込みたい

(『さぁ、言おう』2011年6月号)

更新日:2011年5月6日
 然の力は、すさまじい。

 しかし、それを自分たちのために生かす力を、人間は持っている。

(『さぁ、言おう』2011年5月号)

更新日:2011年4月7日
 つける方は、少しもいい気持ちにならず
 傷つけられる方は、癒やすことのできないほどのダメージを受ける

 ほめる方は、何気なく言っただけなのに
 ほめられる方は、いつまでも心が暖かく、やる気を湧き起こしてくれる

 言義は、すごい力を持っている
 心が、すごい力を持っているからである

(『さぁ、言おう』2011年4月号)

更新日:2011年 3月 9日
 をつむって問題から逃げれば、楽ではあるが、自分の能力も、人からの信用も、後退していく。
 逃げ癖がついてしまうと、生まれ変わるくらいの決意で挑戦しないと、直すのが難しい。

(『さぁ、言おう』2011年3月号)

更新日:2011年 2月 9日
 り組んだ問題が次々に起きてどうしたらいいかわからなくなった時は、頭を冷やして、原点に戻るのがよい。
 原点は、しあわせづくりである。

(『さぁ、言おう』2011年2月号)

更新日:2011年 1月 7日
初春の俳句

 トレート過ぎて俳句の味わいはないが、メッセージは明白である。
 日本より固かった殻を、バリバリ破っている韓国の活力に負けたくない。



(『さぁ、言おう』2011年 1月号)

更新日:2010年12月8日
 本人は、チリの炭鉱に閉じ込められた人々と似た状態にあるという人がいる。
 そうは思わない。
 私たちは、自分たちの努力で、閉塞状態を脱することができる。
 なのに、先に希望を持つ人は、チリの炭鉱夫よりも少ないように見える。

(『さぁ、言おう』2010年12月号)

更新日:2010年11月10日
 きがいの真髄は何かを創り出すことだろう。
 それが人から認められれば充実感は何倍にもなる。

(『さぁ、言おう』2010年11月号)

更新日:2010年10月8日
 とに残された悲しみに耐えられなかったら、絵本『くま と やまねこ』を読みましょう。
 何かが、もの足りなかったら、絵本『うたが みえる きこえるよ』を見ましょう。
 もっといい人生を送りたかったら、落合恵子さんの『絵本処方箋』(朝日新聞出版)で、絵本の世界に入ってみましょう。

(『さぁ、言おう』2010年10月号)

更新日:2010年9月9日
 生で得難い喜びの一つは、共同作業をして得られる共感である。
 その作業が難しいほど、共感は深く、喜びは大きい。

(『さぁ、言おう』2010年9月号)

更新日:2010年8月11日
 代の流れやその時々の状況を読むときは、なるべく高い視点に立って鳥の眼で読む。
 人の心を把もうとするときは、なるべく低い視点に立って虫の眼で見、感性に訴える。

(『さぁ、言おう』2010年8月号)

更新日:2010年7月9日
 度の運用に不満が出ると、すぐ「廃止」とか「抜本的改革」と叫ぶ人たちがいる。
「では、どういう制度にしたいのか」を考えないで叫ぶ反対論や抜本改革論は、危ない。
目先のことしか見ていないからである。

(『さぁ、言おう』2010年7月号)

更新日:2010年 6月10日
 然のリスクに見舞われた時、人の本質が現れる。
  どうしていいか判らず逃げる人が多数派であろうが、その逃げ方にも特色が出る。

(『さぁ、言おう』2010年6月号)

更新日:2010年 5月19日
 しいことに挑戦する時、多くの人はドキドキする。
  未知に挑むリスクで緊張はするが、成功したいから、自然に力を集中する。
  成功した時の喜びは、自分の能力と意欲を肯定できたから。
  失敗してもさわやかな感じで居れるのは、全力を尽くした時。
  リスクにおびえて挑戦をやめれば、負け犬の人生が始まるだろう。

(『さぁ、言おう』2010年5月号)

更新日:2010年 4月 9日
 で判っただけでは、消えやすいし、行動につながらない。
  心が共鳴してはじめて、その知識は自分のものとなる。

(『さぁ、言おう』2010年 4月号)

更新日:2010年 3月10日

 性を重んじる社会は、個々人を生き生きとさせ、社会を進歩させるが、反面、競争でとげとげしい気分にさせ、全体としての力がまとまらないおそれがある。
  協調を重んじる社会は、和やかな気分にさせ、平穏な社会を持続させるが、反面、やる気を失わせ、社会が停滞するおそれがある。
  目指したい社会は、それぞれの個性を重んじるとともに、個々人の連携により全体の力が生まれる社会である。

(『さぁ、言おう』2010年 3月号)

更新日:2010年 2月10日

 ネがなければ知恵を出そう  何がなくても心は失わない

(『さぁ、言おう』2010年 2月号)

更新日:2010年 1月 7日
初春の俳句

 だ先は長いぞ、しかしたゆまず挑戦するぞとの思いで富士を仰いでいる。たとえ自分は成し遂げられなくても、必ず仲間たちがやってくれるとの信頼感がある。富士は、美しい。

(『さぁ、言おう』2010年 1月号)

更新日:2009年12月9日
 の中には、自立人間とふれあい人間と依存人間がいる。
 自立人間はふれあいを理解できないが、ふれあい人間は、自立がわかる。自立がふれあいの前提になっているからである。
 依存人間は、自立もふれあいもわからない。生き方自体がわかっていないからである。

(『さぁ、言おう』2009年12月号)

更新日:2009年11月11日
 「チェンジ」や「改革」という言葉は、人の心をとらえる。ほとんどの人が、現状を良いとは思っていないからである。
 しかし、現状を変えてより良くするには、冷静に先を読む深い知恵と、変える努力を我慢強く行う情熱が必要である。忍耐を覚悟して「改革」と叫んでいるのだろうか。

(『さぁ、言おう』2009年11月号)

更新日:2009年10月9日
 がサービスを提供する動機は、お金か愛情である。
 二つをミックスして、重点をお金の方にも置くのがコミュニティービジネス、愛情を基礎的条件とするのが有償ボランティアであろう。


(『さぁ、言おう』2009年10月号)

更新日:2009年9月9日
 ごとであれ、真剣に取り組んでいる人の姿は感動を呼ぶ。
 何もせずただ論評しているだけの人は、その内容が正しくても、せいぜい、何もする気のない人をうなずかせることしかできない。

(『さぁ、言おう』2009年9月号)

更新日:2009年8月10日
 生動物は、自由はあるが天敵が多く天寿を全うできない。
 飼育動物は、天寿を全うするが自由はない。
 先進民主主義国に住む人間は、自由があって天寿を全うできる。なのに、自由を捨てて依存したり、敵をつくりたがる人々がいる。

(『さぁ、言おう』2009年8月号)

更新日:2009年7月9日
 分のことばかり考えている人の顔には、相手を受け入れない気持ちが表れている。ボランティアは、相手を受け入れる顔をしているから、人に好かれ、つながりが広がっていく。

(『さぁ、言おう』2009年7月号)

更新日:2009年6月10日
 それぞれに意見や価値観が違うのは当たり前で、だから友達は多いほど学ぶことが多い。また大きな方向が一致したときは、仲間として協力し合って事に当たると、強い力になる。
  しかし、人間としての誠意に欠け、ごまかしたり、嘘をつくような人とは、どんなに優秀であっても、交わったり協力し合うのは止めたほうがよい。最後は、必ず傷つくことになる。

(『さぁ、言おう』2009年6月号)

更新日:2009年5月9日
 愛中は、脳の働きが、相手のいいところばかり認識して、いやなところは認識しないようになるのだとか。もしそうなら、科学の力でその脳の機能が、すべての人に対して常に働くように変えてほしい。そうなれば、戦争もケンカ口論もイジメもなくなるだろう。
 そのとき、恋愛はどうなるかって? 何とかなるでしょう。

(『さぁ、言おう』2009年5月号)

更新日:2009年4月9日
 り子のように揺れ、ただ元のところに戻っているだけでは、進歩はない。
  問題に当たればこれを克服するための新しい道を選びながら、たとえジグザグの形になっても、常に前に向かって進んでいくことを心掛けたい。

(『さぁ、言おう』2009年4月号)

更新日:2009年3月9日
 の組織に欠落が生じても、いきいきと生きている人の脳は、認知症と人に感じさせないほどに、他の組織が欠落した部分の機能を補う働きをするという。
  私たちの組織も、そうありたい。

(『さぁ、言おう』2009年3月号)

更新日:2009年2月9日
  習指導要領でがんじがらめにしたために、若者はやる気を失った。
 仕事でがんじがらめにしたために、サラリーマンは家庭生活を失った。
 規制でがんじがらめにしたために、日本は活力を失った。
 がんじがらめにした奴は、誰だ?

(『さぁ、言おう』2009年2月号)

更新日:2009年1月9日
 の中、次から次へと問題が起きる。努力しても解決できないことが多い。それにとらわれていると、不安の壁が破れない。
  そんな時は、天地の広大さに、思いを解き放つ。そのうち、自分の憂いが小さくなっていき、やがて消え去る。

(『さぁ、言おう』2009年1月号)

更新日:2008年12月10日
 任がどこにあるかがわからない不祥事は、人々を混乱させる。今回のグローバルな金融危機は、その典型である。

(『さぁ、言おう』2008年12月号)

更新日:2008年11月10日
 治家は、国民に対し「やってあげます」ということを気軽に言うが、「一緒にやりましょ う」とは、なかなか言わない。 みんなで取り組まなくては、とても乗り切れないことがわかっているのに、自分たちがやって あげるようなことを言って、恥ずかしくないのだろうか。

(『さぁ、言おう』2008年11月号)

更新日:2008年10月8日
 ろいろなNPOの活動内容を見ていくと、「世の中にはそんなニーズもあるんだ」と驚かされるものが少なくない。住民のニーズに応える立場にある政治家だって行政官だって、同じ感想を持つだろう。
 どんなに優れた施政者でも、実に多様な住民、国民のニーズをすべて知ることなど、およそ不可能である。
 だから、彼らは住民の力を生かす必要があるし、住民は声を上げなければならないのである。

(『さぁ、言おう』2008年10月号)

更新日:2008年9月10日
 にとらわれては、志は生きない。
 形に従うことは、その形が時代に合っている間は効率的であるが、時代に合わなくなると、多大なエネルギーを無駄にする。
 形に従う時も形を破る時も、自らの心と智恵で判断して決めたいと思う。

(『さぁ、言おう』2008年9月号)

更新日:2008年8月8日
 悪は断固許さず、小さなことに目くじら立てず、生き方の基本は変えず、時代の流れを素直に受け止め、 ゆるがず、しかし、やわらかに、一生を送りたい。

(『さぁ、言おう』2008年8月号)

更新日:2008年7月9日
 ュージーランドに留学した高校生池部敦君が書いた『さらば「受験の国」』(朝日新書)は、みごとに日本とニュージーランドの教育の違いを教えてくれる。
  日本の教育は、教科書→記憶→テスト。
  ニュージーランドの教育は、ディベート→調査→リポート。
  日本の高校生たちは疲れておりニュージーランドの高校生たちは目を輝かせている。

(『さぁ、言おう』2008年7月号)

更新日:2008年6月10日
 がわからないのにサービスが減ったり、負担が増えたりすれば、怒るに決まっている。
  その時にすべきことは、@サービス減や負担増が合理的なものか、A合理的ではないがやむを得ないものか、B非合理的で認められないものかを全体状況の中で判断し、@Aならそれをしっかり説明することであり、Bなら合理的な案は何かを提案することである。
  道を誤ると、多大な労力が空費される。

(『さぁ、言おう』2008年6月号)

更新日:2008年5月13日
 いを認めなければ、人とネットワークは組めない。

(『さぁ、言おう』2008年5月号)

更新日:2008年4月10日
 の評価は、難しい。
不信感を持っている相手に対しては、いっそう偏った評価になり勝ちである。
不信感を持たれないための最低条件は、誰に対しても誠実であることだろう。

(『さぁ、言おう』2008年4月号)

更新日:2008年3月10日
 が「そんな法律は守らなくてよい」と言うと、ほとんどの人が「法律家がそんなことを言って良いのですか」と驚く。
  法律つくりの舞台裏を知っているから言うが、法律には、基本が間違っているもの、古くなって時代に合わないもの、改めるべきなのに改まっていないもの、初めから守られないことを前提につくっているものなど、守らなくてもよいものがけっこうある。
  ただ、それを判断するのは、すべて自己責任である。健全な常識、広い知識、深い思考力と洞察力などを常に磨いておかないと、リスクが発生する。

(『さぁ、言おう』2008年3月号)

更新日:2008年2月7日
 きく事業を展開する能力を持つ人に、ささいなことにこだわる硬直化した組織の管理をやらせたりすると、人としての器(うつわ)が小さく、いやしくなることがある。  逆に、容量の小さい人物に、急に大き過ぎる仕事を任せると、ヒステリーを起こす。  適材適所が大切である。

(『さぁ、言おう』2008年2月号)

更新日:2008年1月10日
ままならぬ
政事(まつりごと)かな
初の霜

  見、平穏なようである。しかし、国の土台が時代に遅れ、持たなくなりかけている。
  あっという間の崩壊に至る前に、歯を食いしばって立て直す必要がある。
  市民のやる気を信じ、引き出すほかに、方法はない。

(『さぁ、言おう』2008年1月号)
更新日:2007年12月7日
 登校の子どもたちのフリースクールの運営などを行っているNPO法人アンガージュマン・よこすかでは、「勉強していないから」と高校受験を怖がる子に、「学力は低下しない。知識と情報(学校知)が少ないだけ」と伝える。
  そして、「高校受験はテクニックだから、とりあえず合格するための学習をしよう。本当の勉強は、進学してからすればよいから」とすすめるのだという。
  そんなことを言われなければならない入学テストや学校教育でいいのだろうか。
(『さぁ、言おう』2007年12月号)
更新日:2007年11月7日
 に授業をしたい教師と、子どもに何が何でも勉強させたい親の代表が集まって、教育のあり方を決めている。
  かわいそうな子どもたち。
  心配な私たちの未来。
(『さぁ、言おう』2007年11月号)
更新日:2007年10月10日
 力は十分あるのに、私的な感情にとらわれて判断を狂わす人が多い。
  私的な感情を離れるのが難しいのは、それが生存本能に由来するからであろう。  
  冷静に判断できる友が必要である。
(『さぁ、言おう』2007年10月号)
更新日:2007年9月6日
 格は、利己心を抑制して他をおもんばかるおおらかさに宿ると思う。
(『さぁ、言おう』2007年9月号)
更新日:2007年8月9日
 ける余力がないのに、助っ人を引き受けるのは、無責任である。

 −−−−− 社会保険庁最高顧問を引き受けた苦い体験から得た教訓

(『さぁ、言おう』2007年8月号)
更新日:2007年7月4日
 の中のあらゆる制度や仕組みは、人をより幸せにするために設けられるものである。
  その制度や仕組みがあるために、それがない場合よりも不幸になる人が出てはならない。
(『さぁ、言おう』2007年7月号)
更新日:2007年6月6日
 芸に秀でる人間と、平均していろいろなことをこなせる人間と、どちらがいいだろうか。
  私は、どちらもいいと思う。どちらも社会に必要だし、どちらも、自分を生かして幸せになれるからである。
  多様な人間をまとめて、全体の平均点を上げようとする試みほど意味のないものはない。
(『さぁ、言おう』2007年6月号)
更新日:2007年5月9日
 る杭を伸ばそう
(『さぁ、言おう』2007年5月号)
更新日:2007年4月7日
 や快さ、美しさなどはこころの問題であって、政治や行政が仕切るものではない。
  政治や行政は、国民・市民が安んじて暮らせる社会にすることに専念してほしい。
(『さぁ、言おう』2007年4月号)
更新日:2007年2月9日
 どもたちは、自分が認めて もらえないから、傷ついている。
  その心をいやすには、ふれあ いボランティア活動が最適であ る。なぜなら、それは、お互い を認め合うところから始まるか らである。
(『さぁ、言おう』2007年2月号)
更新日:2007年1月9日
 木枯らしや
  わが行く道は
  なお真直ぐ
 
  せの絶対的前提条件は、平和である。
  憲法が示した道を、なお真直ぐに進むのが、戦争の悲惨を体験した者の、人類に対する義務であろう。
(『さぁ、言おう』2007年1月号)
更新日:2006年12月6日
 せと挑戦とは、心と身体のように一体不可分の関係にある。
(『さぁ、言おう』2006年12月号)
更新日:2006年11月9日
 張と、リラックス。
  そのバランスを上手にとる人が、一番いい人生を送るように思う。
(『さぁ、言おう』2006年11月号)
更新日:2006年10月5日
 知症の不安を取り除く方法は、すべての人が認知症の人をありのままに受け入れ、あたたかく支える社会にすることである。
  認知症の人が増えるという事実が、私たちに、高度なふれあい社会を実現することを求めているのである。
(『さぁ、言おう』2006年10月号)
更新日:2006年9月6日
 「市民の力を存分に生かして、市民のための日本をつくる!」
   それぐらいのことをいう総裁候補が現れてほしい。
(『さぁ、言おう』2006年9月号)
更新日:2006年8月9日
 題が起きた時、アッという解決策を思いつくタイプの人と、さっぱりアイデアが出ない人とがいる。
 平素、何事にも前向きに取り組んでいる人と、難しそうだと思うとすぐ逃げたがる人との差のように思う。 
(『さぁ、言おう』2006年8月号)
更新日:2006年7月11日
 名な学者のAさまへ
  あなたがボランティアをしたくないし、されたくもないというお気持ちは、私たちも大切にします。
  だからといって、ボランティアは偽善だとか無責任だとか役立たずだとか、一般的にボランティアをおとしめるような発言をされるのは、いかがでしょうか。
(『さぁ、言おう』2006年7月号)
更新日:2006年6月9日
 の心が荒れてきている。
  生命をいとおしみ、生きている喜びを分かち合い、ほほ笑みを交わして、自分の時間を満ち
  足りたものにしていきたい。
(『さぁ、言おう』2006年6月号)
更新日:2006年5月2日
 敗をしたことのない人の判断には、あやうさがともなう。
  失敗を反省したことのない人についても、同じである。
(『さぁ、言おう』2006年5月号)
更新日:2006年4月7日
 きる力を構成する要素としては、論理的思考力よりもむしろ感性の方が大きいくらいである。
  ところが、論理的思考力は教え込めるが、感性は教え込めない。
  日本の教育の問題は、感性を伸 ばすことの重要性が認識されていないことにある。
(『さぁ、言おう』2006年4月号)
更新日:2006年3月14日
 だって猫だってそれぞれ性格が違うのに、人間が違っているのは当たり前だ。
(『さぁ、言おう』2006年3月号)
更新日:2006年2月15日
 争は、人殺しである。
 もう人殺しはやめたい。
(『さぁ、言おう』2006年2月号)
更新日:2006年1月10日
 の地には その地の雑煮 初詣
 毎年の駄句で恐縮だが、人々の生き方は、地域により、それぞれに違うということを詠んだつもりである。私たちの活動も、地域や個々の人々の心の特性まで細かく配慮して方法を考え、展開するレベルに入ろうとしている。なかなか進まないように見えて、進歩は速い。
(『さぁ、言おう』2006年1月号)
更新日:2005年12月16日
 分の意見と違う意見を受け入れる容量の広さは、自分の意見に自信を持っていることとは矛盾しない。
  本当に自分の意見に自信があれば、自分と違う意見の持つプラスな点を認めて受け入れたうえで、そのマイナスな点について相手にわかるように説明できるはずである。
(『さぁ、言おう』2005年12月号)
更新日:2005年11月16日
 間関係のストレスに悩む人が多い。しかし、人間関係は気にし出すときりのない話で、出口が見えない。
 そういう時は、熱中できることを見つけて、そちらに集中する。そうすると、もとの悩みが実にくだらないことに見えてくるだろう。
(『さぁ、言おう』2005年11月号)
更新日:2005年10月6日
 が一緒に仕事をしたり、暮らしたりする限り、違う意見の人が出てくるのは当たり前のことである。
 意見が違っても、信頼関係があれば問題は解決できる。
 信頼関係がない時は、相手をどこまで理解できるか、努力することである。相手も同じ人間なのだから、大抵のことは理解できる筈である。そして、理解は信頼につながる。
(『さぁ、言おう』2005年10月号)
更新日:2005年9月16日
 物の一種としての人間という原点に戻れば、人は、定年などという人為的な制度にとらわれず、いくつになっても、自分のため、そして人のために、できることをなすべきである。それが、生きるということであろう。
(『さぁ、言おう』2005年9月号)
更新日:2005年9月16日
 いてなお現実をみつめ、若々しい好奇心を燃やす。
 その一方で、死をみつめ、「空」の心境に至る。
 この両者を、両立させたい。
(『さぁ、言おう』2005年8月号)
更新日:2005年9月16日
 度すり込まれて、思い込んでしまったことを訂正するのは、難しい。
 安定している時代にはそれでよいが、激動の時代には、時代をとらえる鋭いセンサーで、自分の思い込みを訂正していく謙虚さが必要である。
(『さぁ、言おう』2005年7月号)
更新日:2005年9月16日
 とりでいると、さみしくなる。
 どんなにお金があっても、どんなに地位にめぐまれていても。
(『さぁ、言おう』2005年6月号)
更新日:2005年9月16日
 しいからこそ、助け合い、分かち合って幸せな人たちがいる。
 富んでいるために、助け合わず、分かち合わず、孤独な人もいる。
(『さぁ、言おう』2005年5月号)
更新日:2005年9月16日
 璧な人は、いない。
 非難しようと思えば、非難することはいくらでも見つかる。
 一方、ほめようと思えば、ほめることはいくらでもある。
(『さぁ、言おう』2005年4月号)
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