| 更新日:2008年3月13日 |
| 「あすなろ」の思いが自分の原点 |
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私が高校生の時に、井上靖さんが「あすなろ物語」という小説を発表しました。この物語には、井上さんがモデルと思われる人物を主人公として、小学校高学年時代から新聞記者時代までの6つのストーリーが描かれています。
物語の底に一貫して流れているのが「あすなろ」の思いです。
あすなろは漢字で翌檜と書き、檜(ひのき)に似た木ですが、檜のように大きくはなれず、いつも「明日は檜になろう」と思っているというのです。井上さんが育ち、物語の舞台でもある伊豆地方の説話のようです。
○ なれずともなりたいと頑張る意味
私は、物語の美しさや主人公の生き方にもひかれましたが、何よりもあすなろの思いが自分の心にぴったりきました。
いつも、明日は檜になりたいと願っているという、そのことの大切さは、中学生、高校生のころも実感していました。どんな檜になりたいと思っていたかというと、井上靖さんのように新聞記者になり、社会や人間のことをいろいろ勉強してから、これまた井上さんのように小説家になりたいと思っていたのだから、すっかりほれ込むのも当然ですよね。
しかし、本当にそうなれるかなという不安もすごくありました。むしろそれは私の高望みで、とてもなれないだろうという考えの方が強かったのです。だから、明日は檜になろうと思い続けていても結局はなれないあすなろという木が、とてもいとおしくて、それも自分のようだと思いました。
「最後はなれなくてもいい。なりたいと思って頑張ることが大事だ。それで成長できれば、自分にとってプラスだから」。そのように考えて、私は大学入試の勉強に取り組みました。好きな科目はよいけれど嫌いな科目はやる気はしないし、「暗記して何の意味があるのだ」と心の中で思っているから暗記してもすぐ忘れてしまうのが普通でしたが、入試の時は、「檜になるためには、意味があるのだ。しなくてはならないことだ」と自分に言い聞かせて、何とか頑張り通すことができました。
○ 当時のひたむさはいまの活力に
大学に入ってから、目指す檜が特捜部検事に変わり、そちらの道に進んだのですが、今思っても、「明日は檜になりたい」と切に願っていたあのころの自分が、いじらしくて好きです。自分の原点のような気がして、そのころの自分を思うと、今でも頑張ろうという気になるのです。 |
| (朝日中学生ウイークリー/2008年3月2日掲載) |
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